自由せん断流 — ジェット・後流・混合層
自由せん断流 — ジェット・後流・混合層
壁のない乱流は三つの定型(jet, wake, mixing layer)に整理され、それぞれ驚くほどきれいな自己相似解をもつ。
はじめに
第7章では壁のある乱流、すなわち境界層を扱った。本章は視野を壁のない乱流へ広げる。壁がなければ速度勾配の源はただ一つ — 流れどうしの相対速度差だけだ。そのような流れは三種類に分類される。この章を終えると、ノズルから噴き出すジェット、自動車の後ろの後流、川と湖が出会う混合層が同じ数学的形を共有していることが見えてくる。
本論 1 — 三つの定型(canonical form)
自由せん断流(free shear flow, 壁のないせん断流)は次の三つに整理される。
- ジェット(jet): 静止流体の中へ噴出される流れ。例 — ガスコンロの炎の噴出、インクジェットプリンタのインク糸。
- 後流(wake): 一様流中の物体の下流に生じる速度欠損領域。例 — 自動車の後ろ、航空機翼端の後方。
- 混合層(mixing layer): 速度の異なる二つの平行流が接線方向に出会う境界。例 — 川と海が出会う河口の表層。
三つの流れはいずれも壁なしで速度差だけでせん断(velocity shear)を作り、そのせん断が乱流を育てる。第1章で挙げた乱流の五特性 — 特に拡散性と渦度変動 — がすべてこの流れに現れる。
本論 2 — 自己相似の仮定
三つの流れの共通点は自己相似(self-similarity)だ。下流方向座標を 、垂直方向座標を とする。各 位置の平均速度分布 をその位置の特性中心速度 と特性幅 で正規化すると、すべての で同じ関数 の上に重なることが実験・理論で確認される。
ここで は時間平均速度、 はその断面の代表速度(通常は中心線速度)、 は流れが「どれだけ広がったか」を表す幅スケールだ。 は無次元垂直座標 (イータ, eta)と呼ぶ。
この仮定の威力は強い。流れのすべての断面を一つの曲線 に圧縮できるという意味だからだ。残る問題はただ二つ — と が の関数としてどう変わるかである。
本論 3 — 三つの流れのスケール則
答えだけ整理する。導出は第9章の等方性乱流と次元解析を組み合わせて扱う。
- 円形ジェット(round jet):
幅は に比例して線形に広がり、中心速度は で減衰する。
- 平面後流(plane wake):
は遠方の一様流速度、 は欠損速度(velocity deficit)だ。幅は でゆっくり成長し、欠損は でゆっくり回復する。
- 混合層(mixing layer):
幅はジェット同様に線形成長するが、代表速度は によらず一定だ。
なぜ混合層だけ が一定なのか? 上側流れの速度 と下側流れの速度 ははるか遠方で境界条件として与えられる。つまり混合層の「特性速度スケール」は流れ内部の動力学ではなく、外部で固定された値だ。距離 が増えても と は変わらないので、その差で定義した も定数となる。
一方ジェットは違う。ノズル出口で噴出された運動量フラックス(momentum flux, 単位時間あたりの運動量) は下流に進むほど保存される(周囲の静止流体が引き込まれて質量は増えるが、運動量の総和は変わらない)。一方で幅が で成長すると断面積は で広がる。運動量フラックス が一定であるためには 、すなわち でなければならない。幅が広がれば速度は落ちる、という構造になっている。
Pythonで確かめる
円形ジェットの平均速度の自己相似関数はガウス関数 でよく近似される。関数を描き、その積分が に一致するかを数値で確認する。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
# 無次元垂直座標 η = y / δ(x)
eta = np.linspace(-3, 3, 200)
# 円形ジェットの平均速度の自己相似モデル
f = np.exp(-eta**2)
# 形を描画
plt.plot(eta, f)
plt.xlabel("η = y / δ(x)")
plt.ylabel("u / U_c")
plt.title("Round jet self-similar profile")
plt.grid(True)
plt.show()
# 積分で運動量フラックス保存の係数を確認
integral = np.trapz(f, eta)
print(f"∫ f(η) dη ≈ {integral:.4f}")
print(f"√π ≈ {np.sqrt(np.pi):.4f}")
出力は約 1.7725 で と一致する。この積分が有限であること自体が「プロファイルが遠方で速やかに 0 に落ちる」ことを意味し、本論 3 で述べた運動量フラックス保存の議論の出発点になる。
次章へ
自己相似のスケール則を「導出せず答えだけ」受け取った。第9章: 等方性乱流とエネルギーカスケードでは次元解析とコルモゴロフ(Kolmogorov)の1941年仮説に踏み込み、大きな渦がどう小さな渦へエネルギーを渡し、最終的に粘性で散逸されるかを見る。自由せん断流の幅成長も、結局はそのカスケードの上で起こる現象だ。