シュレーディンガー方程式 — エネルギー量子化の出発点

H^ψ=Eψ\hat H \psi = E \psi という一行から、なぜ「エネルギーがとびとびになる」という結論が出てくるのか — 箱の中の粒子で直に触って確かめる。

はじめに

第1章では、古典力学が原子の中の電子に対して沈黙してしまうことを見た。本章はその沈黙を破る一行の方程式 — 時間に依らないシュレーディンガー方程式 — を導入し、それがなぜ「固有値方程式」という形を取るのか、そしてその形からどのようにして エネルギーの量子化 が自動的に従ってくるのかを見る。締めくくりとして、最も単純な模型である 箱の中の粒子 を手で解き、その結果が原子内電子のエネルギースケールとどう噛み合うのかまで確かめる。次章で扱う多電子原子の 1s, 2s, 2p 構造も、この章の絵から出発する。

本論 1 — 一行の方程式

時間に依らないシュレーディンガー方程式は次の一行である:

H^ψ=Eψ,H^=22m2+V(r).\hat H \psi = E \psi, \qquad \hat H = -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 + V(\vec r).

ここで ψ\psi (プサイ、波動関数) は位置 r\vec r の複素関数、H^\hat H (ハミルトニアン) は運動エネルギーに対応するラプラシアン 2\nabla^2 の項とポテンシャル V(r)V(\vec r) の和である。\hbar (エイチバー、換算プランク定数) はおよそ 1.055×1034J⋅s1.055 \times 10^{-34}\,\text{J·s}

この方程式の核心は、「ψ\psiH^\hat H を作用させたら同じ ψ\psi の定数倍が出てきた」という形 — すなわち 固有値方程式 であることだ。線形代数で Av=λvA \vec v = \lambda \vec v が行列の特別なベクトル(固有ベクトル)とそれに付随する数(固有値)を選び出すように、H^\hat H も無数の関数の中から特別ないくつか — 固有関数 ψn\psi_n — を選び出す。それと対になる数 EnE_n が、その状態のエネルギーである。

要点はこうだ。任意の ψ\psi が答えになるわけではない。境界条件と規格化条件を満たす特殊な ψ\psi だけが生き残り、そのために許される EE の集合は連続ではなく 離散集合 になる。量子化は追加の仮定ではなく、方程式の構造から自動的に従う結果である。

本論 2 — 箱の中の粒子(1D)

最も単純な例を手で解こう。一粒子が 0<x<L0 < x < L の1次元区間に閉じ込められているとする。内側では V(x)=0V(x) = 0、外側では V=+V = +\infty (粒子は壁の外へは出られない)。内側でのシュレーディンガー方程式は

22md2ψdx2=Eψ-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2 \psi}{d x^2} = E\,\psi

壁の外で ψ=0\psi = 0 だから、連続性のために ψ(0)=ψ(L)=0\psi(0) = \psi(L) = 0 という 境界条件 が付く。

一般解は ψ(x)=Asin(kx)+Bcos(kx)\psi(x) = A\sin(kx) + B\cos(kx)、ただし k=2mE/k = \sqrt{2mE}/\hbarψ(0)=0\psi(0) = 0B=0B = 0 を要求する。残った条件 ψ(L)=Asin(kL)=0\psi(L) = A\sin(kL) = 0 は、A=0A = 0 (自明解、粒子なし) か kL=nπkL = n\pi (整数 n1n \ge 1) かのいずれかを強いる。後者が探している答えだ。規格化 0Lψ2dx=1\int_0^L |\psi|^2 dx = 1 まで課すと

ψn(x)=2Lsin ⁣(nπxL),En=n2π222mL2.\psi_n(x) = \sqrt{\frac{2}{L}}\sin\!\left(\frac{n\pi x}{L}\right), \qquad E_n = \frac{n^2 \pi^2 \hbar^2}{2 m L^2}.

この一行から三つの事実が出る。(a) エネルギーはとびとびであるn=1,2,3,n = 1, 2, 3, \ldots しか許されない。(b) Enn2E_n \propto n^2 なので 上に行くほど間隔が広がる。(c) E1>0E_1 > 0 — 閉じ込められているという事実だけで、0 ではない最小運動エネルギーが存在する。これが 零点エネルギー(zero-point energy) である。古典粒子なら静止して E=0E = 0 になれるが、量子粒子はそれができない。

本論 3 — 化学に持ち帰ると

箱の中の粒子は玩具模型だが、化学におけるスケール感覚を一気に与えてくれる。電子を原子サイズの箱 — La0=5.29×1011mL \sim a_0 = 5.29 \times 10^{-11}\,\text{m} (ボーア半径) — に閉じ込めると、電子質量 me=9.11×1031kgm_e = 9.11 \times 10^{-31}\,\text{kg} を入れて E1E_1 はおよそ 1.3×1017J80eV1.3 \times 10^{-17}\,\text{J} \approx 80\,\text{eV}。桁が正確に eV(電子ボルト)領域、すなわち化学結合エネルギーと可視光光子エネルギーの領域である。第1章の「クーロン井戸の中の電子」という絵は、実質的には「クーロン形の箱の中の粒子」だったわけで、同じ論理が次章の水素 1s, 2s, 2p 構造を生む。

ここでもう一つ予告しておきたい。各空間固有状態 ψn\psi_n二つ の電子を収容できる — スピン上向きと下向き。これが パウリの排他原理(Pauli exclusion principle) だ。同じ量子数の組は一つの電子しか占有できない、というルール。周期表が 2-8-8-18 のように埋まる理由、He が安定な希ガスである理由が、すべてこの一行から出てくる。きちんとした定式化は第4章のスレーター行列式で扱う。

パイソンで確かめる

# 箱の中の粒子の最初の三つの固有関数とエネルギー梯子。
# 単位は hbar = 1, m = 1, L = 1 とする。このとき E_n = n^2 * pi^2 / 2。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt

L = 1.0
N = 200
x = np.linspace(0.0, L, N)

# エネルギー比の確認: E_n / E_1 = n^2
ratios = [(n, n**2) for n in range(1, 5)]
print("E_n / E_1 =", [r for _, r in ratios])  # [1, 4, 9, 16]

# エネルギー値と波動関数
energies = [n**2 * np.pi**2 / 2 for n in (1, 2, 3)]
psis = [np.sqrt(2/L) * np.sin(n * np.pi * x / L) for n in (1, 2, 3)]

# エネルギー梯子の上に波動関数を重ねて描く
fig, ax = plt.subplots(figsize=(6, 5))
scale = 1.2   # 可視化用の振幅調整
for n, (E, psi) in enumerate(zip(energies, psis), start=1):
    ax.axhline(E, color="0.7", lw=0.8)
    ax.plot(x, scale * psi + E, label=f"n={n}, E={E:.2f}")
ax.set_xlabel("x / L")
ax.set_ylabel("E (arb. units)")
ax.set_title("箱の中の粒子: エネルギー梯子の上の ψ_n")
ax.legend()
plt.tight_layout()
plt.show()

出力のリストが [1, 4, 9, 16] にぴったり乗り、グラフでは上に行くほど節(ノード)の数が増えつつ間隔が広がる — これが見えれば、本章の二つの核心 — 量子化と n2n^2 スケーリング — を手で触ったことになる。

次章へ

第3章: 多電子原子と原子オービタル では、同じシュレーディンガー方程式を3次元クーロンポテンシャル V(r)=e2/(4πϵ0r)V(r) = -e^2/(4\pi\epsilon_0 r) について解き、その結果として現れる 1s, 2s, 2p, 3d … のオービタル構造を見る。本章の箱の中の粒子が「閉じ込めれば量子化される」のもっとも清潔な例だとすれば、次章はその絵が実際の原子でどう変形して現れるかを扱う。