正準変換 — よい座標を選ぶ技術

ハミルトン方程式の形を保つ座標変換、変換を一行に圧縮する生成関数、そして位相空間の体積が保存されるというリウヴィルの定理。

はじめに

ハミルトン形式の強みは運動方程式が一階の ODE 二本だけになる点にあるが、本当の利得は 「よい座標を取り直せばその二本がもっと解きやすくなる」 ところから来る。本章はその「よい座標を取り直す」ための文法を扱う。読み終えたあと読者は、変換が正準であるかどうかをヤコビアン一行で判定でき、生成関数を一つ握って変換全体を書き下し、位相空間の小箱が流れに乗っても体積が変わらないというリウヴィルの絵を握って、次章のポアソン括弧へ進めるはずだ。

本論 1 — 正準であるという契約

第10章で一般化座標 qq とその共役運動量 ppq˙=H/p\dot q = \partial H/\partial p, p˙=H/q\dot p = -\partial H/\partial q を満たすことを見た。ここで新しい座標 (Q,P)(Q, P) を、旧座標の関数 (Q(q,p),P(q,p))(Q(q, p),\, P(q, p)) として導入する。ある新しいハミルトニアン K(Q,P)K(Q, P) が存在して

Q˙=KP,P˙=KQ\dot Q = \frac{\partial K}{\partial P}, \qquad \dot P = -\frac{\partial K}{\partial Q}

が再び成り立つとき、この変換を 正準変換(canonical transformation) と呼ぶ。変数名を取り換えるだけでなく 方程式の形そのものが一緒に運ばれる ことを要求する契約である。

この契約は二つの等価な形に書き直せる。一つ目、シンプレクティック 2-形式 ω=dqdp\omega = dq \wedge dp が保存される:

dQdP=dqdpdQ \wedge dP = dq \wedge dp

\wedge(ウェッジ)は第6章で導入した微分形式の積である。二つ目、ヤコビアン M=(Q,P)/(q,p)M = \partial(Q, P)/\partial(q, p)シンプレクティック行列 である:

MTJM=J,J=(0II0)M^{T} J M = J, \qquad J = \begin{pmatrix} 0 & I \\ -I & 0 \end{pmatrix}

JJ は位置と運動量の「組み合わせ」を符号化した 2n×2n2n \times 2n のブロック行列、IIn×nn \times n の単位行列だ。自由度が一つだけの場合 J=(0110)J = \begin{pmatrix}0 & 1 \\ -1 & 0\end{pmatrix} となり、上の条件は detM=1\det M = 1 と同値 — つまり 位相空間の面積が保存される

本論 2 — 生成関数

正準変換は無限に多くあるが、驚くべきことに、それらは全て 旧変数と新変数の混合関数 一つで書き下せる。この関数を 生成関数(generating function) と呼ぶ。どの変数対を独立に選ぶかで四つの標準形がある。

  • 第1種 F1(q,Q)F_1(q, Q): p=F1q,P=F1Q\displaystyle p = \frac{\partial F_1}{\partial q}, \quad P = -\frac{\partial F_1}{\partial Q}.
  • 第2種 F2(q,P)F_2(q, P): p=F2q,Q=F2P\displaystyle p = \frac{\partial F_2}{\partial q}, \quad Q = \frac{\partial F_2}{\partial P}.
  • 第3種 F3(p,Q)F_3(p, Q)、第4種 F4(p,P)F_4(p, P) も符号が変わるだけで同じ型。

もっとも頻繁に使われるのは第2種だ。恒等変換から始めよう。F2=qPF_2 = qP とおけば

p=F2q=P,Q=F2P=qp = \frac{\partial F_2}{\partial q} = P, \qquad Q = \frac{\partial F_2}{\partial P} = q

となり (Q,P)=(q,p)(Q, P) = (q, p)、すなわち何も変えない。これに小さな項を足す。F2=qP+α2q2F_2 = qP + \tfrac{\alpha}{2} q^{2}、ただし α\alpha (アルファ) は小さな定数とする。すると

Q=q,p=P+αqQ = q, \qquad p = P + \alpha\, q

これは位相空間で見ると運動量軸が位置軸の方へ傾く せん断(shear) である。面積はそのままだが座標軸が斜めになる、その変換自体は正準である。生成関数一つが変換全体を圧縮しているのが鍵だ。

本論 3 — リウヴィルの定理

ハミルトン流そのものを時間 tt だけ積分した写像

Φt:(q0,p0)    (q(t),p(t))\Phi_{t}: (q_0, p_0) \;\longmapsto\; (q(t), p(t))

は任意の tt で正準変換である。すると本論 1 末尾の等式 — ヤコビアンがシンプレクティック — が各瞬間に成立するので、位相空間の 体積要素 dnqdnpd^{n}q\, d^{n}p は流れに乗っても変わらない。これが リウヴィルの定理(Liouville’s theorem) である。

直観的にはこうだ。初期条件の小さな箱 — 位置は q0±Δqq_0 \pm \Delta q、運動量は p0±Δpp_0 \pm \Delta p — を時間に沿って追いかける。この箱は伸び、曲がり、細長い帯になるかもしれない。しかし 体積だけは決して増えも減りもしない。統計力学で微視状態の密度が「非圧縮流のように」流れると言う根拠が、まさにこの定理である。同時に、位相空間を格子で切って計算する数値積分器も、正確であれば体積を保存すべきだ — そこから シンプレクティック積分器 という数値手法の系統が枝分かれする。

Pythonで確かめる

# F_2 = q*P + (alpha/2) q^2 が生成するせん断変換が正準であるかを数値で確かめる。
# 格子上でポアソン括弧 {Q, P} = ∂q Q · ∂p P − ∂p Q · ∂q P を計算すると
# 正準変換であれば 1 になるはず。
import numpy as np

alpha = 0.3
N = 201
qs = np.linspace(-1.0, 1.0, N)
ps = np.linspace(-1.0, 1.0, N)
q, p = np.meshgrid(qs, ps, indexing="xy")   # q は横軸、p は縦軸

# 新座標: Q = q,  P = p − α q
Q = q
P = p - alpha * q

# np.gradient は (行, 列) 方向の微分を返す。
# この格子では行 = p 方向、列 = q 方向なので、二つ目の戻り値が ∂/∂q。
dQ_dp, dQ_dq = np.gradient(Q, ps, qs)
dP_dp, dP_dq = np.gradient(P, ps, qs)

PB = dQ_dq * dP_dp - dQ_dp * dP_dq
print(f"{{Q, P}} mean = {PB.mean():.6f}")
print(f"{{Q, P}} std  = {PB.std():.2e}")

平均が 11、標準偏差が 101210^{-12} 程度に落ちれば、格子全域でこの変換のヤコビアンがちょうど 11 であることを手で確かめたことになる — 面積を保つ正準変換だ。

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第12章: ポアソン括弧と可積分性では、本章末で出てきたポアソン括弧 {Q,P}\{Q, P\} を正式に導入し、「変換が正準であること     \iff 基本括弧 {Qi,Pj}=δij\{Q_i, P_j\} = \delta_{ij} が保たれること」を示す。そこから保存量どうしが括弧で閉じた代数を作るとき系が 可積分(integrable) だ、という解析力学 I 巻のまとめへ自然に繋がる。