使用済みバッテリーからリチウムを 90 % 回収する — JX Metals の Tsuruga 工程は資源循環のゲームチェンジャーか、実験室歩留まりのありふれた乖離か

使用済みバッテリーからリチウムを 90 % 回収するというのは、資源循環のゲームチェンジャーか、それとも実験室歩留まりと商業的現実の間のありふれた乖離か。

導入

2026 年 7 月 14 日 (KST)、Hacker News のトップ最上段に一行の見出しが上がった。「Japan develops a method to recover up to 90 % of lithium from used EV batteries」 。746 点、コメント 196 件。supercarblondie 系の技術メディアが NHK World の報道を再加工した記事であり、元報道の主役は JX Metals Circular Solutions という日本企業が福井県 Tsuruga (敦賀) で運営するリサイクル工程だった。見出しの数字は明快だ。使用済み EV バッテリーからのリチウム回収率を従来の 50 % 未満から 90 % へ引き上げた、というものである。

数字の明快さとは裏腹に、HN の反応は二手に割れた。一方は資源小国日本が都市鉱山 (urban mining) から重要鉱物の国内循環ループを作ったという物語に注目した。もう一方は 「実験室回収率 %」 という見出しへの古くからの警戒を露わにした。バッテリーリサイクルのボトルネックは回収率の技術的限界ではなく経済性であり、90 % という数値そのものはすでに業界が到達した地点に近い、という反論である。あるユーザー nkmnz はこの物語の温度差を一行で要約した。「科学者が空気から酸素を 90 % まで抽出する方法を見つけた。彼らはそれを 『呼吸』 と呼ぶ」 。回収率そのものの新規性を嘲ったのである。

本稿はその二手の間に立つ。発表された工程と数値が実際に何を変えるのか、そしてバッテリーリサイクルの経済学がなぜ回収率 % という指標を信頼しなくさせたのか。トレードオフを明示することが本稿の目的だ。

現象 — 発表された方法と数値

まず工程の実際の内容を確認する。JX Metals Circular Solutions は JX Advanced Metals (旧 ENEOS 系の非鉄金属事業) 傘下の企業であり、今回の発表は日本の NEDO (新エネルギー・産業技術総合開発機構) のグリーンイノベーション基金 (Green Innovation Fund) が支援する 「次世代蓄電池」 プロジェクトの一部だ。プロジェクトは 2022 年度に始まり、現在は中規模実証 (mid-scale demonstration) 段階に入っている。

核心のアイデアは化学的には素朴だ。従来の湿式製錬 (hydrometallurgy) 工程では、溶液の pH を調整するために水酸化ナトリウム (NaOH) を投入する。問題は、この過程でナトリウムがリチウム分画を汚染し、最終的にリチウムを高純度で回収しにくくする点にあった。JX の 「化学的調整」 はまさにこの点に触れる。ナトリウムの代わりに工程内で回収した水酸化リチウム (LiOH) を pH 調整剤として再投入するのだ。ナトリウムという異物が入らないため、black mass はナトリウム汚染なしに高純度リチウム (白色のリチウム粉末) へと転換される。従来 50 % 未満だったリチウム回収率が 90 % まで上がったのは、この置換の結果だというのが発表の骨子である。

工程全体の流れは湿式と乾式の組み合わせだ。火災リスクを下げるためにバッテリーをまず分離・放電し、炉 (furnace) で熱処理して非金属成分を焼き払う。残った金属濃縮粉末がいわゆる black mass であり、これを粉砕して水に溶かした後、湿式工程で精製する。ここに低温真空乾燥で電解液まで回収する段階が結合される。NEDO プロジェクトが掲げる回収率目標はリチウム 70 % 以上、ニッケル 95 % 以上、コバルト 95 % 以上であり、この数値は実験室レベルですでに達成されたと明記されている。90 % はその目標を上回る値だ。副次的に従来リサイクル比で二酸化炭素排出を約 40 % 削減したという数値も併せて提示された。

同じプロジェクトには JX 以外のアプローチも並行する。住友化学 (Sumitomo Chemical) は金属段階へ戻さずに正極材を直接再生する直接リサイクル (direct recycling) を、JERA は高電圧パルス放電で black mass を分離する方式をそれぞれ担う。JERA の方式は従来の焙焼 (roasting) 比で CO2 20 % 削減、リチウム 80 % 以上・ニッケル/コバルト 95 % 以上の回収を目標とする。すなわち日本政府のプロジェクトは一つの魔法の工程ではなく、乾式・湿式・直接リサイクルの三経路を同時に実証するポートフォリオである。

ここで発表が慎重に避けた二つのキャビアットが重要だ。第一に、商業規模の検証はまだ来ていない。Tsuruga 工程の量産実証は 2027 年 4 月にようやく始まる予定で、年間数万トン規模へ拡大する時点は 2035 年と示されている。第二に、そしてより本質的なボトルネック — 日本で使用済みリチウムイオンバッテリーのうち公式リサイクル体系に入る割合は約 14 % に過ぎない。90 % を回収する工程があっても、回収対象の 86 % がそもそも工程に到達しないなら、システム歩留まりは算術的に 12.6 % だ。発表された 90 % は工程内部の歩留まりであって、社会全体の循環率ではない。

深層 — リサイクルの経済学、実験室-商業化の乖離、資源地政学

バッテリーリサイクルには三つの工程系列があり、それぞれのトレードオフがリチウムという元素を長らく 「回収しても割に合わない」 対象にしてきた。乾式製錬 (pyrometallurgy) はバッテリーを丸ごと溶かしてニッケル・コバルト・銅を合金として取り出す。成熟した産業工程で処理量が大きいが、リチウムはスラグへ抜けて回収されないのが通例だ。湿式製錬 (hydrometallurgy) は酸・アルカリで浸出して各金属を分離し歩留まりと純度が高いが、大量の廃水を生み、その処理コストが全体原価を押し上げる。直接リサイクル (direct recycling) は正極活物質の結晶構造を保存したまま再生し、エネルギー・化学消費が最も少ないが、技術成熟度 (TRL) が低く、まだ実証段階にとどまる。JX のアプローチは乾式前処理 + 湿式精製の組み合わせに化学的改善を乗せたもので、この系譜の中でリチウム回収を狙った最適化だ。

なぜリチウムだけが際立って問題だったのか。コバルトとニッケルは金属そのものが高価で、キログラム当たりの価値が高いため乾式であれ湿式であれ回収すれば確実に採算に乗る。リチウムは違った。重量当たりの含有量は大きくなく、何より原料リチウム価格が回収原価を正当化するほど高い局面が稀だった。この点を理解するには直近 3 年の価格グラフを見る必要がある。炭酸リチウム (lithium carbonate) は 2022 年 11 月にトン当たり約 $80,000 でピークを打った後、2025 年 8 月にはトン当たり $8,000 ~ 9,000 まで崩れた。ピーク比で約 89 % の崩落だ。その後 2025 年第 4 四半期に反発して年末 $17,026 で引けたが、依然としてピークの 4 分の 1 水準である。加えて中国の生産者はトン当たり $8,000 ~ 10,000 で炭酸リチウムを作る。回収リチウムがこの原料価格と競争しなければならないという事実が、リチウム回収を 「技術は成立するが採算は合わない」 領域に長く縛ってきた。

HN の懐疑論はまさにこの点を突く。ユーザー ggm はこう整理した。「肝心なのはエネルギー投入、そして触媒や他の工程投入物の損失だ。% 回収率ではない。問題は経済的に妥当なコストでの回収である。(…) 外部性と経済性と汚染がリサイクルの問題を決めるのであって、今の時点で % 回収率が決めるのではない。我々はすでに投入物を多く回収する方法を知っている。それを産業化しスケールさせる方法を知ることが重要だ」 。ユーザー justnoice も同じ筋を突く。「90 % の回収率はそれ自体では画期的ではない。真の価値はより低い汚染と排出にある。だがそれも産業規模で採算性を実証しなければならない」 。両コメントとも回収率 % という見出し指標を明示的に格下げし、原価・エネルギー・規模へ軸を移す。

より根本的な反論はユーザー cyphar から出た。「非常に高い回収率が出るのは驚くべきことではないはずだ — 我々は元素状態のリチウムを採掘しないので、抽出工程はそもそも低純度の源からリチウムを取り出すよう設計されている。逆にリチウムバッテリーは信じられないほど高純度のリチウム源だ。真の問いは、リサイクルのパイプラインを作ることがいつ採算性を持つかだ。鉛蓄電池も似た軌跡をたどり、現代の鉛蓄電池は事実上 100 % リサイクルされている」 。この視点は 90 % という数字の位相を再配置する。高純度の源から 90 % を取り出すのは工学的偉業というより時間と規模の問題であり、鍵は鉛蓄電池が歩んだ道 — 規制と回収インフラで循環ループを閉じること — をリチウムがいつ歩むかにある。

「この発表がどれほど特別か」 という問いには二つの比較点がつく。ユーザー simondotau は見出しがリチウムだけを照らすこと自体を批判した。「この記事はお粗末だ。リチウムは EV バッテリーに含まれる価値の一部に過ぎないからだ。はるかに価値が高いのはニッケル、コバルト、黒鉛だ。銅とアルミニウムも同じく価値がある。主要素材を相当数効果的にリサイクルできないなら十分ではない。(…) Redwood Materials は自社技術がリチウムイオンバッテリー内のニッケル・コバルト・銅・アルミニウム・リチウム・黒鉛といった素材を平均 95 % 以上回収すると主張している」 。実際、北米最大のリサイクル企業 Redwood Materials は年 20 GWh 規模のバッテリーを処理し、2025 年 10 月に 3.5 億ドルのシリーズ E を調達して拡張中だ。90 % というリチウム単一の数値は、この競争地形の中で特段際立たない、というのがこの系列の反論の要旨だ。

しかし競合の存在がそのまま産業の健全さを意味するわけではない。Li-Cycle の事例がその反証だ。同社のニューヨーク Rochester Hub は予算が 5.6 億ドルから 8.5 億 ~ 10 億ドルへ膨らみ、2023 年に工事が中断され、2025 年 5 月に米国・カナダで破産を申請した。その後 8 月に Glencore が資産を取得した。湿式製錬ベースの野心的なハブが資金調達と原価の前に崩れたのである。欧州の Umicore のような伝統的な乾式リサイクル企業、Redwood、Li-Cycle を並べれば絵は明白だ。技術の不在ではなく、規模の経済と資本の回収期間がこの産業の真のボトルネックである。

ここでユーザー jillesvangurp のコメントがボトルネックの正体を最も正確に指摘する。「リサイクル産業を実際に押しとどめているのは、リサイクルすべきバッテリーの不足であって、リサイクルに必要な技術の不足ではない。過去 10 年間に生産されたバッテリーの大半はまだ使用中だ。そのうち相当数は蓄電用途で second life を生き、さらに 10 年ほど持つかもしれない。リサイクルが有意で収益性のある原材料供給源になる規模に達するまでには、おそらくもう 10 年かかる」 。回収工程の歩留まりではなく、回収対象の物量そのものがまだ到着していないという指摘だ。日本の 14 % 回収率は、その物量不足の国内版の表現である。

費用の非対称性も国ごとに異なる。ユーザー feverzsj はこの点を何気なく突いた。「コストはどうか? 中国ではほとんどの使用済みバッテリーをただ燃やして埋める。だからリサイクルコストが非常に低い」 。このコメントの含意は二重だ。一方で埋立・焼却は重要鉱物を永久に失う方式であり、他方でそれが 「最も安い」 処理だという事実が、精緻な回収工程の採算性をさらに圧迫する。90 % 回収工程が競争しなければならない相手は他の回収工程だけではなく、「ただ捨てる」 最低原価の選択肢でもある。回収を強制する規制がない市場では、90 % という優雅な数値が 0 % という無責任な代替案に原価で敗れうる。

最後に地政学が残る。なぜ日本政府がグリーンイノベーション基金まで動員してこの工程を推し進めるのか。バッテリーサプライチェーンの精錬 (refining) 段階が圧倒的に中国に集中しているからだ。2022 年時点で中国は世界のリチウム精錬能力の半分以上、コバルト・リチウム加工能力の約 3 分の 2、コバルト精錬の 77 %、リチウムイオンバッテリー製造能力の約 83 % を占めた。バッテリーセルの約 80 % が中国から出る。資源そのものより精錬能力が構造的なテコだ、というのがこの統計の含意である。都市鉱山から国内精錬ループを閉じようとする日本の試みは、純粋な原価計算というより重要鉱物の資源安全保障 (resource security) を狙った産業政策だ。この視点では 90 % という数値の意味は変わる。市場価格が回収を正当化しなくても、サプライチェーン主権という別の会計帳簿がその赤字を吸収しうるからである。

展望・実務的示唆

三つの筋に整理する。

第一に、注視すべき指標は 90 % ではなくトン・原価・回収率だ。 2027 年 4 月の量産実証で確認すべきは回収率の再現ではなく、トン当たり回収原価がトン当たり原料価格の下に降りるかである。炭酸リチウムが $17,000 台へ反発した今は回収採算性の窓がしばし開いているが、中国の生産者の $8,000 ~ 10,000 の原価がその窓をいつでも閉じうる。実務的にこの工程の成否を判断するには、発表された回収率より NEDO 実証ラインの単位原価と廃水処理費用、そして日本のバッテリー回収率が 14 % からどれだけ上がるかを見なければならない。

第二に、second life がリサイクル物量の到着を遅らせる。 jillesvangurp の指摘どおり、リサイクルの真の規模はバッテリーの引退曲線が決める。EV バッテリーは容量 80 % 以下に劣化しても定置型蓄電 (stationary storage) として second life を生きられ、この再利用がリサイクル物量の到着を 10 年単位で先送りする。回収インフラを今建てる企業は、物量が本格的に到着する前の長い赤字区間に耐える資本がなければならない。Li-Cycle の破産は、その区間を過小評価した結果だった。

第三に、回収率より回収・規制がシステム歩留まりを決める。 90 % 工程と 14 % 回収率の積は 12.6 % だ。システム全体の循環率を引き上げるテコは工程内部ではなく回収の前段にある。鉛蓄電池が事実上 100 % リサイクルに達したのは回収技術の飛躍ではなく、新品購入時に廃バッテリー返却を強制する core charge と規制のおかげだった (cyphar が挙げたまさにその先例だ)。リチウムバッテリーにも同じ回収義務化がなければ、工程歩留まり 90 % は社会歩留まりに翻訳されない。政策設計者にとってこの発表の実務的含意は、工程 R&D 補助金と同じくらい回収義務化・core charge・使い捨てリチウム機器の規制が急務だ、ということである。

この三つの示唆は互いに噛み合う。原価が窓を開けても物量がなければ規模が立たず、規模がなければ原価が下がらない。回収率が低ければ物量が工程に到着せず、規制がなければ回収率が上がらない。JX の化学的改善はこの連立方程式の一項を改善したに過ぎず、方程式全体を解いたわけではない。

結論

使用済みバッテリーからリチウムを 90 % 回収するという発表は、資源循環のゲームチェンジャーか、それとも実験室歩留まりと商業的現実の間のありふれた乖離か。答えはどの会計帳簿で読むかにかかっている。市場価格の帳簿で読めば、この発表はありふれた乖離に近い。90 % はすでに業界が到達した地点に近接し、真のボトルネックは回収率ではなく原価・物量・回収率であり、中国の $8,000 台の原料原価が回収採算性の窓をいつでも閉じうる。HN の懐疑論 — cyphar の 「高純度の源から 90 % は驚くべきことではない」、ggm の 「経済的に妥当なコストでの回収が肝心だ」、jillesvangurp の 「ボトルネックはバッテリー物量の不足だ」 — はすべてこの帳簿の上で正確だ。

しかし資源安全保障の帳簿で読めば別の絵が出る。精錬能力の 83 % が中国に集中した世界で、日本が都市鉱山の国内精錬ループを閉じようとする試みは原価計算だけには還元されない。LiOH を NaOH の位置へ戻して入れる素朴な置換がリチウム回収率を 50 % から 90 % へ移したのは、工学的には小さな改善だが、サプライチェーン主権の観点では国内循環の一項を点けた出来事だ。ゲームチェンジャーという言葉が誇張なら、ありふれた乖離という評価も半分しか正しくない。この発表の真の意味は、2027 年 4 月の実証ラインがトン当たり原価をいくらで刻み、日本の 14 % 回収率がどれだけ上がるかで決まるだろう。90 % はその長い方程式の第一項に過ぎない。


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